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対談「オープンイノベーションの役割と期待」

吉野彰氏と東議長との対談

東 哲郎(TIA運営最高会議議長・東京エレクトロン株式会社チェアマン・エメリタス)

ひがし・てつろう/東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。1977年、東京エレクトロン入社(現チェアマン・エメリタス)。モトローラ営業部長、拡散システム部長を経て、1996年に代表取締役社長に就任、2016年まで経営の第一線に立ち続けた。同社を世界的な半導体製造装置メーカーに成長させ、半導体業界の発展に貢献した功績により、2020年、旭日重光章を受賞。2019年7月よりTIA運営最高会議議長を務める。

吉野 彰(ノーベル化学賞受賞者・産総研ゼロエミッション国際共同研究センター長)

よしの・あきら/京都大学大学院工学研究科博士課程修了。1972年、旭化成入社(現名誉フェロー)、主として機能性高分子などの研究開発に従事する。1985年にリチウムイオン二次電池を発明し、それに続く傑出した技術開発成果が評価され、2019年、ノーベル化学賞受賞。2020年1月に産業技術総合研究所フェロー、ゼロエミッション国際共同研究センター長に就任し、ほか、名城大学特別栄誉教授、九州大学栄誉教授など多くの要職に就く。

予期せぬ成功。ヒトを活かす、イノベーションとは?

吉野:東京エレクトロンや半導体業界の発展に貢献された東さんは、優れた経営者としてよくお名前が挙がります。その経営手腕の根底には、やはり「人を育て、活かす」という信念と実践があるように思うのですが。

東:半導体のような日進月歩の業界においては、若い人たちの力をいかに発揮させるか、それが最大なる経営課題の一つになります。話は遡りますが、とりわけ1970年代後半は、日本が半導体を中心として産業競争力を高めようとする気運にあり、当時、200人ほどだった東京エレクトロンのような会社は、若い人たちの芽が出ないと話になりません。それで、職能主義に基づいた制度設計をし、若い人が成果を出した時には正当に評価するよう力を入れてきました。
重要なのは、それぞれの人が持つ能力・個性をいかに自覚させるかです。ガリレオの名言にあるように「相手の中にすでにある力を見いだすこと」、つまり、その人の可能性を信じてあげる。そして、それを仕事に生かし、結果に結び付ける。そういった好循環を強く意識してきました。
 吉野先生の場合はいわばプレイングマネジャーですから、ご自身の研究と部下、チームのマネジメントを両立させなければなりません。ご苦労もあるかと思いますが、留意されていることはありますか?

吉野:研究マネジメントには2種類あると思うんですよ。一つは「外向き」のもので、自分のやっている研究が、マーケットやカスタマーとの接点が出てきた際に必要となるマネジメントです。もう一つは組織内での「内向き」のマネジメント。研究は局面ごとに変わっていくので、開発資金の確保はもちろんのこと、本当にそのマーケットはあり得るのか、コスト的に成立するのかなどといったマネジメントが必要です。
 この2つを別のシナリオにしてしまうと、自己矛盾に陥って大変なことになるんですよ。両者とも基本的には同じで、独創性や優位性のある技術をマーケットまでちゃんと線でつなげられるかという話です。ここをしっかり見て、同じシナリオに仕上げていくのが大原則です。もちろん、研究開発はやってみないとわからないから、筋道を立てるのが難しい面も多々ありますが、外と内をうまく切り分けながら一つのシナリオに仕上げていく。こういった研究マネジメントは、企業もアカデミアも同じだと思います。

東:なるほど。私の場合は装置開発の話になりますが、確かにシナリオというのはありますね。当初より描く「こういう時期にこうなって……」という。でも、実際に開発を進めていくと、往々にしてシナリオどおりにはいかない。そういう時、言葉にすれば「失敗した」になるわけですが、その失敗から学ぶマネジメントも非常に重要だと思うんですよ。また、失敗原因を突き止められないような場合には、データとして残し、将来に生かす。そういう過程を繰り返しながら、描いたシナリオに何とか近づけていくと。私もその点では非常に苦労した経験があります。

吉野:実は、私のリチウム電池の研究は4番目のテーマなのです。その前の3つは失敗したということ(笑)。技術はよかったけれどマーケットがなかった、あるいは、時代的に早すぎたとか……。もう30年以上前になりますが、現在の光触媒に近いような研究をしていたんですよ。技術的に面白いものができて、かつマーケットも見込めたのですが、いかんせん早すぎました。実際、マーケットが出てきたのは30年後ですからね。
 でも、そういった失敗が、間違いなくリチウム電池の研究に生きています。実験の失敗もあれば、立てた仮説が間違っていたという失敗もありますが、それらはむしろ一つの成果です。少なくとも「そこはペケでしたね」という事実を得たわけですから。だから、東さんがおっしゃるように、失敗から学ぶマネジメントというのは重要な視点だと思います。

 

ヒトを活かし、新価値を創造するチームビルディングの法則とは?

東:会社や業界全体が業績的に苦しい時期にあった頃、腐心したのは、社員たちのモチベーション低下を食い止めることでした。社員の声を反映させた東京エレクトロンとしての行動規範をつくったり、会議を改良したり、そういった実践を通じて痛感したのは、やはり人材のモチベーションアップの重要性です。それは、研究の現場でも共通すると思うのですが、環境やチームを形成する際に、先生が意識されていることはありますか?

吉野:私たちの場合は、大きく3つの段階があります。基本、一人で取り組む基礎探索研究があり、それが面白そうだとなったら、次はステージが上がって3人くらいのチームになります。そして、試作などが入ってくると数十人の部隊が形成されるという具合です。私の経験からすると、何事も阿吽の呼吸で進められ、一番効率がいいと思っているのは3人のグルーピングなんですよ。
 ならば、それが大きくなった時にどうするか。やはりトライアングルは絶対に必要で、それをつないでいくのです。3つのトライアングルがつながれば9人の組織になるわけですが、それぞれの要には適材を見つけて配置する。その集合体を全体のピラミッドとして機能させていくといったイメージでしょうか。

東:それは面白い。以前、半導体材料の技術開発にかかわる「人的ネットワーク」を調べたことがあるんですけど、それを思い出しました。どういう連携で技術を高めたのか、知的財産権はどう出てきたのか、それを日米大手メーカーで比較したものです。マッピングされた人的ネットワークを見てみると、アメリカの場合はコミュニケーションが非常に密で、全体としては蜂の巣みたいなイメージです。対して日本は、密な箇所はあっても部分的で、それらが有機的につながっていないというか、引いて見るとスカスカなんですよ。研究開発の仕方やコミュニケーションのありようがだいぶ違っていて、それが日米の差になっているのかなと思ったものです。先ほどのトライアングルを基本としたチームビルディングの話と関係があるかもしれませんね。

吉野:シンボリックな話として、まず特許制度があります。日本の場合は一つの特許に名がズラリと連なるけれど、アメリカは基本3名までじゃないですか。発明というものに対して本当に貢献するのは3人が限度、大勢がよってたかって得る権利ではないとしているわけです。そしてもう一つ、ノーベル賞を見ても上限は3人でしょう。なぜ、それ以上選ばないのか? 大発見や大発明は、やはり3人くらいのコントリビューションがあって成されるという話だと思います。「3」には何かがある(笑)。研究だけでなく、営業などほかの活動においても、新しい価値を創造する、何かを促進するといった時に、カギを握るのはトライアングルかもしれません。

 

大学と企業の「基礎研究」、大学と企業の「応用研究」、両者の棲み分けとは?

東:現在のような新型コロナ禍にあると、早くコントロールしなくてはならないと、非常に大きな資金が動くことになります。基礎研究というよりは、応用研究に大量の資金が投下されると。世界的な危機ですから、それは当然のことだとしても、ただ、全般において、日本は追いつけ、追い越せムードが強いように感じています。基礎研究がしっかりしていないと、結局は応用研究に時間がかかるし、余計な手間も出てくると思うのですが、先生は、この基礎と応用のバランスについてどのようにお考えでしょうか。

吉野:企業とアカデミアとでは違うでしょうね。企業の場合だと、仮に100人ほどの研究所があったとすると、90人が「目的研究」、つまり製品化に向けた研究に就き、残りの10人は基礎探索、好きなことをやるといったイメージです。予算なども含めて、研究資源の配分は90対10。それが理想的な姿だと思っていて、目的研究の影に基礎探索研究があるわけです。それが表に出ると、アッという間に壊れてしまう。基礎探索は「やってみないとわからない」中身ですから、将来のマーケットをどれくらい見込めるかなどという話をしだすと、芽を潰すことになるんですよ。

東:企業はそういうバランスなのですね。他方、企業とは違うとおっしゃったアカデミアについてはどうですか?

吉野:私の考えとしては半々だろうと。半分はまさに真理の探究で、それが何に役立つのかいっさい考えない、あるいは、個人の興味に基づいた研究です。あとの半分は、何か新しい素材を見つけるなどといった、アカデミアにおける応用研究です。その両輪だと思いますね。東さんが危惧されているように、今の日本の研究状況を見てあまりよくないと思っているのは、先生方がちょうど真ん中あたりでウロウロされていることです。真理の探究を求めるわけでもなく、さりとて、本気で何か新しい、役立つものを見いだそうということでもなく……。

東:何を求めているのかが曖昧になっているわけですね。メリハリをつけるというか、明確な棲み分けが必要だということでしょうか。

吉野:本来、企業の基礎研究とアカデミアのそれとは中身が全然違います。むしろ大学の応用研究の成果をもとに、テーマアップするのが企業の基礎研究で、そこから開発、事業化・製品化に向けてステップしていく。なので、先述したように、企業の場合は90対10の比率になるのです。もっとも、次につながる芽を出す意味で、10%の基礎探索研究も企業にとって重要なんですよ。目的研究だけだと、それを卒業したら何も残りませんから。
 要はバランスの問題です。アカデミアの場合は「役に立つ研究をしなさい」と言われる中、それをイコール製品化として捉えるには無理があるんですよ。アカデミアの応用研究の成果はバトンタッチして、企業の基礎研究に持っていくのがいい筋だと考えます。

東:同じ基礎研究、応用研究といっても、企業とアカデミアとでは全然違うというお話は重要ですし、とても興味深いものです。世間的には、概ね一括りにされていますからね。産学の組み合わせ、連携において、大きなヒントをいただいたように思います。

 

新技術開発の加速に必要な、「ヒト・モノ・カネ」の好循環を阻害する諸問題について

東:TIAは現在、第三期ビジョンの下で、オープンラボによるイノベーションをより強力に推進しようと活動しています。先生もご存じのように、TIAには複数の大学と国レベルの研究機関が参画しており、それらを有機的につなげ、新技術開発に結び付けていくことが我々のミッションです。先ほど、企業とアカデミアにおける棲み分けに関するお話がありましたが、その中、新技術開発を加速させるために、TIAとしてはどのような働きをしていけばいいか――何かアドバイスはございますか。

吉野:TIAのような機関の役割というのは、一種の「翻訳作業」にあるのではないでしょうか。というのも、企業の研究者はアカデミアで出た成果をいきなりは理解できないんですよ。ある程度、自分で触れてみないことにはね。「この成果は、こういうふうに調理したら製品につなげていけそうだ」という翻訳が必要で、ここに誰かが立たないといけないと思うのです。加えて、企業にはそれぞれの特性がありますから、新しい素材をどう活用するかは企業ごとに違ってきます。そういったマッチングも含め、翻訳作業を担うのが公的研究機関の役割だと考えます。

東:なるほど。確かにTIAは翻訳される前の“元のカタチ”についてわかっているし、翻訳された後に各企業がどう応用していくか、何が得意なのかなどといったことが見えています。そうすると、一般的な翻訳というより、むしろ前段階で調理して、これはA企業、これはB企業とつないでいくことが可能だというお話ですね。

吉野:おっしゃるとおりです。加えて、バトンタッチしようとすると試験設備も必要になりますが、ケースによっては作るだけで1年、2年かかってしまいます。応用研究の成果物プラス、研究設備などもシェアリングして使いましょうと。つまり“まな板”までちゃんと用意してあげると、企業の研究者はラクです。本当に美味しいかどうか、ある程度の味見ができる状態にして、「この味だったらこんな製品に」を見いだしていく。その後は企業側の責任。ですから、成果物や設備などをシェアリングするというのは、非常に大切なことだと思います。
 あとは、知財のマネジメントですよね。例えば、基本的なIPについてはTIAがプラットフォーム的にカバーすると。以降は、対価は別として企業が自由に使っていいし、さらに、各企業が自分たちの研究を踏まえて自社のIPにしてもいいですよと。それが理想的な姿だと思うのです。東さんもご存じでしょうが、ベルギーの非営利研究機関であるIMECってあるじゃないですか。あそこは一つの成功パターンではないでしょうか。

東:そうですね。IMECの後ろには大学が控えていて、大学の基礎研究と産業界の研究開発の間にあるギャップを埋めるための活動をしています。大学の先生や学生がIMECに入り込み、企業は目的に合わせてIMECと契約を結ぶ。先生がおっしゃった翻訳などのつなぎがちゃんと機能しているから、新しい価値を生み出すことに成功しているのでしょう。こういうお話をしていただくと、非常にしっくりきます。

吉野:私が聞いている限りでは、IMECという組織自体がそれで利益を挙げているようです。90%は企業が共同研究を行い、残りの10%は次のタネ、基礎探索研究に充てる。これがうまく回っているから利益が確保でき、クライアントも安心できるわけです。パイロットプランも、一式そこでやっちゃいますからね。やはり、一つ理想的なありようだと思います。

 

新価値創造、技術革新。産学官の課題を解決するには?

東:ここのところ、日本全体として産業競争力が落ちたとか、エネルギーが失速しているとか、よく言われていますよね。人材に目を向けると、どうも若手、中堅クラスの研究者・技術者たちがくすぶっているように思えて……。未来に向けて日本が発展していくためには、そういう人たちに火をつけることが、ものすごく重要だと考えています。

吉野:火がついたという意味で振り返ると、私の場合は33歳の時でした。ちなみに、歴代のノーベル賞受賞者が、その研究を何歳から始めたか?という統計があるのですが、それによると平均は「35」です。私もその領域に入っているので、なぜかと考えてみたら、やはり理由はあるんです。ある程度の力量があって、ある程度の権限をもらえて、つまりは自分の裁量で動けるようになります。それが多分、30代半ば頃の年代なのでしょう。この頃にスタートを切れるかどうか。研究によって生まれた成果が世界に認められるのは30年後、という話ですから、とにかく今、スタートを切ってくれと言いたいところです。

東:実際に世界的成果を挙げられた吉野先生に言われると、インパクトがあります(笑)。重要なメッセージで、若手や中堅に対してだけでなく、企業のトップにも伝えたい言葉ですね。一方で、新価値創造、技術革新を推進するには、やはり産学官の連携問題があります。ここがうまく回れば、非常に強い力になってくれるのですが。

吉野:言うまでもなく、協調して動くことが何より重要ですが、いくつかの障害がありますよね。やはり、大きいのはIPでしょう。当然、企業は企業なりに利益を考えますから、協働で何かをしようとする時に、IPをどう扱うかは避けて通れない問題です。先ほど話題に挙げたように、基本的な協調領域部分についてはパテントプールし、参画している人は、プラットフォーム的なIPは自由に使えるようにする。そして以降は、各社独自の発想で自由に使用し、得た成果については各社のIPにしてくださいと。いろんなやり方はあると思いますが、いずれにせよIPの問題がクリアにならないと、コワークは難しいですよ。

東:昔、アメリカに駐在していた頃、スタンフォード大学のナノテクノロジー推進室で、「共同研究において注意すべき点は何か」を聞いたことがあります。やはり、最たるものはIPの扱いでした。各団体のトップがきちんと協議し、これは共通のIP、これは個別のIPと領域を分け、すべてのプロジェクト関係者にクリアな指示を出すことが非常に大切であると。こういう国を挙げてのレベルで、という点が重要になってきますね。

吉野:すべてを含めたコワークに対して言えるのは、まずは成果を出すことですよ。その分け前、配分については成果が出てからじっくり議論すればいいのです。成果が出る前から議論をしても無駄じゃないですか(笑)。皆さんには、それくらいの気概を持ってやってほしいと思っています。

東:そういえば、私も会社でよく「大きな目標を持とうよ」と話してきました。小さな部分に気を取られるなと。「大きな目標のためにやるんだ」という共通の思いこそが、真なる成果を生むのだと思います。吉野先生、本日は数々の有意義なお話をありがとうございました。