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飯島澄男氏 プロフェッショナルからの知見

飯島澄男氏

飯島澄男 名城大学終身教授・産業技術総合研究所名誉フェロー

いいじま・すみお/東北大学大学院 理学研究科博士課程修了。米・英国の大学研究所を経て、1987年、NECに入社(現特別主席研究員)。1991年にCNT(カーボンナノチューブ)を発見、その構造を明らかにし、ナノサイエンスの領域を先導してきた。2001年から15年間、産総研のナノチューブ応用研究センター長を務め、2015年に産総研名誉フェローに就任。名城大学終身教授に就任したのは2010年、現在も同大学に研究拠点を置き、CNTおよび別視点での基礎研究に精力を注ぐ。

 

イノベーションにつなげる、基礎研究と応用研究とは?

“クリアな棲み分けを前提に”

イノベーションはゼロからの立ち上げではなく、すでにあるものに新しい視点や技術などを様々に組み合わせることで生まれます。いわば改良研究で、例えば、今まで性能が10%だったものを15%に伸ばすというのは、いろんな組み合わせを試みることでできるのです。それと、ゼロからの開発とはまったく別物です。研究者にしても、応用研究に向いている人、基礎研究が得意な人に分かれるでしょうから、まず前提として、両者の棲み分けは必要だと思います。

そのうえで、やはり核となるのはゼロからの開発で、“種”を見つけるということ。ですが、「さぁ見つけてこい」と言われても、これは非常に難しいです。環境的にじっくり時間をかけさせる、遊ばせておくといった余裕がないと……。その時代、時代において、体力のある企業が基礎研究、次の種を見つけるサポートをすることが重要になってきます。

“基礎研究の母数は多ければ多いほどいい”

基礎研究というのは鳴り物入りで大騒ぎするものではなく、ベース(母数)の豊かさがカギを握る世界です。テーマが100あっても最後まで残るのは1%にも満たないかもしれません。今のGPSに大きく関わっている相対性理論のように、社会に組み込まれるまでに100年以上かかるかもしれません。だから、単純な確率論で、基礎研究のベースは多ければ多いほどいいわけで、そのためにどれだけサポートできる環境があるか――その重要性が問われるのです。

 

企業の基礎研究と応用研究の間に必要な要素とは?

“R&Dだけでなく、「&P」まで積み上げていく”

研究の段階としては、まず種があって出口があり、社会実装に向けた応用研究がありますよね。私がNECの研究所にいた頃に言われたのは、「R&Dだけではダメだよ」と。プラス「&P(Product)」、つまり出口まで持っていけという話で、「先生は研究開発ばかりしている」と揶揄されたものです(笑)。種を手にしたならば、出口まで一緒に積み上げていくことが求められているわけです。

私が発見したCNT(カーボンナノチューブ)は、種を蒔いたという意味で、基礎科学分野への貢献は大きいと自負していますが、約30年経ってようやく、一部の分野で実を結びつつあります。それでもまだ、CNTの量産においては、突破できないテクノロジー上の課題があるので、その出口に向けた一番難しいところは、今も研究を続けているんですよ。分野にもよるでしょうが、基礎研究と応用研究の間には、長い時日も必要です。

 

イノベーションはどうやって生まれるのか?

“現場で得た経験、体験が有意な材料に”

一般論として語るのは難しいけれど、私の場合でいうと、イノベーションの背景には、今までの研究や経験のつながりがあるように思います。実は今、『Nature』に投稿しようと2つの論文に挑戦しているのですが、これはCNTとはまったく違うテーマなんですよ。面白いことに、70年代にアメリカでやっていた膨大な仕事に絡んでいて、電子顕微鏡に関するものです。新しい装置が出てきたので、昔の研究をもう1回見直してみようと。その見直す材料は何でもいいのですが、たまたまリチウムバッテリーの材料に関係するものだから、「私がやらなきゃ誰がやるんだ」という思いで挑戦しています。これ、ひょっとしたら大化けするかもしれません。

インパクトのあるテーマというのは、頭の中だけで考えられる人もいるでしょうが、私にとっては今までの経験から出てくるものです。CNTにしても発見自体は偶然でしたが、考えてみれば、それまでの長い電子顕微鏡による研究歴や、ほかの仕事があったから発見につながったわけで、単なる偶然ではありません。面白い次の種にしても、イノベーションにしても、藪から棒に出てくるわけじゃありません。その意味で、研究現場で得た様々な体験、経験は有意な材料になるのではないでしょうか。

 

拠点型からネットワーク型へ。TIAに求められる機能性とは?

“ソフト面でも使いやすいオープンな共用施設を”

まずは設備面です。TIAはトップを走っているので様々な最新設備があるけれど、大学の現場でそれらを整えるのは難しいです。機材や装置は高額でしょう。特に電子顕微鏡の分野でいえば、高性能な装置はどれも数億円と高く、メンテナンスもあるから、普通の大学で用意するのはとうてい無理です。一つの所で囲わない、オープンな共用施設として機能させることは非常に重要で、期待している点です。

あとは、どのくらいアスクセスしやすいか。卑近な例として、偉い先生がドンと座っていると行きにくい……とかあるじゃないですか。研究者が自由に出入りできるような環境整備、ソフト面での使いやすさも大切な要素です。

“本来の研究に障害が出ないように”

また、ネットワーク型の世界にはいろんな情報が入ってくるので、仲間うちだけの狭い世界に陥らないという利点があります。その中から一番面白いところを拾い上げればいいという話ですが、ただ、研究は「皆で手をつないでやりましょう」というほど甘くなく、徒党を組んで戦うものでもありません。これはジャンルによるでしょうね。私の材料研究分野は個人がベースになるけれど、例えば、バイオなどは膨大にやることがあるから、皆で棲み分け、すり合わせながら進めるのが重要になってきます。様々な人が入ってくる場合には、そういったジャンルの見極めや、本来の研究に障害が出ないような環境づくりも必要だと思います。

 

産学連携にある深い溝。その解決策は?

“大切なのはオールジャパンの発想”

これは、私も苦労してきた問題です。企業ってずるいところがあって、いい成果は囲い、まぁまぁのところはオープンにするわけです。でも、企業は売り上げや活動を追求しなくてはならないから、それは仕方のないことで、結局は知財をどう扱うかです。内輪のゴタゴタは置いておいて、出てきた種は「国のシーズ」として世界に発信しないとダメだと思います。「あのシーズは日本から出てきた」「よくやっている」と認められ、日本が世界の文化に寄与していくためにはね。

オールジャパンの発想が大切です。日本の科学技術がどれほどの存在感を示し、世界に寄与しているか。この尺度が国に対する評価につながるのだから、科学者や技術者は、そういったところに貢献するのが本来の姿です。国内の連携間で溝をつくっている場合じゃなく、広く長期的なビジョンに立った取り組みをしていくべきだと思いますね。

 

マネジャーに求められるヒトの活かし方とは?

“事情やしがらみを抜きにした、真なる適材適所”

常より思っているのは「研究は人」だということです。産総研のナノチューブ応用研究センターを立ち上げた時も、それを強く意識して、私が“一本釣り”してきた人がほとんどですが、結果としていい成果を出しています。事情やしがらみを抜きにして、いかにしていい人材を集めるか。そして、好きなように研究できる環境さえあれば、あとは大丈夫、放っておいてもいいんですよ。

NECの研究所にいた頃、バブルの時代だったこともあり、トップ層の学生たちが大勢入ってきましたが、誰もがハッピーに仕事をしていたかというと、然にあらずです。それが非常に残念でした。能力を発揮できない環境にいると、本人はどんどん腐ってきちゃうし、持てる力の半分しか仕事に充てられないとなると、企業にとっても大いなるロスです。マネジャーが適材適所を図らないと、研究者、企業両者に申し訳ない話になります。現実はなかなか難しいけれど、すべての人が適材適所に配置され、力を100%発揮すれば、もっと効果的な発見ができるし、日本全体としてこれ以上いいことはないですよ。

“自ら動いて「チャンスを増やす」”

自分に向いていない、面白くないという環境に陥ったら、次に行けばいいのです。意識だけでなく、実際に「動く」「やってみる」は非常に大事なことです。私自身、いい環境を求めて何度となく居場所を変えてきましたが、だからこそ、その時々にいい先生に巡り会え、面白いテーマにも出合えた。これも確率論ですよ。定位置に留まっているより、動けば動くほどチャンスは増える。受動的に待つのではなく、能動的にチャンスを増やすということは、研究者にとって大切だと思います。今、それが許されない環境にあるとしても、メンタリティとしてはそうあってほしいです。研究者人生は誰のものでもない、“自分のもの”なのですから。