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大野英男氏 プロフェッショナルからの知見

大野英男氏

大野英男 東北大学総長

おおの・ひでお/東京大学大学院 工学系研究科博士課程修了。
電子が持つ磁石の性質を工学的に利用する「スピントロニクス」分野の第一人者。
FIRSTなどのプロジェクトにおいて研究指揮を執り、スピントロニクス半導体の開発をリードする。
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター教授、同電気通信研究所所長などを歴任し、2018年より現職。
また、2020年は、文部科学省と経済産業省が設置した「マテリアル革新力強化のための戦略策定に向けた準備会合」の座長を務めた。

 

未来社会を支える博士人材。日本だけが減少中。改善策はあるのか?

“ドクター修了者を「一人前」として処遇する”

人口あたりの博士学位取得者数が減っているのは日本だけで、逆に、世界の有力な国々、特にOECD諸国では増えています。日本において、科学技術は見通しの立たないマーケット(職)だという具合に映っているのであれば、非常に危惧すべき状況です。このことは、内閣府主催の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)も含めた認識であり、日本の未来を明るくするために何とか手を打たなければいけません。

一つは、博士課程の学生を取り巻く処遇の問題です。アメリカの研究大学では、ほぼ研究員として採用されますので、学費や生活費をアルバイトで工面するようなことは、少なくとも理系の学生にはありえません。日本もまず、その水準にまで持っていかなければいけません。博士課程を修了すると27歳、どの社会でも一人前として扱われる年齢なのですから、大学側も学生を職員に近い待遇にすべきです。

“博士人材を正当に評価する”

そして、パーマネントな職にちゃんと就けること。大学も努力しなければなりませんが、企業でも、専門のトレーニングを受けた博士人材の積極的採用をお願いしたいです。その意味で、いい試みだと思っているのは、文部科学省が推進しようとしている博士課程の学生向けのインターンシップです。博士人材が数カ月間、企業で実際に仕事をし、企業側も「どういう仕事ができるのか」を見るという、就職マッチングにもつながる機会です。

あとは“安月給”の問題です。博士人材が民間企業に入った際、その給与は同年代の学部卒者の5年目、修士修了者の3年目と同じなのが現状です。博士になるまでの訓練のことが、あまり理解されていない。ちなみにアメリカでは、博士を修了したら学部卒者の倍くらいの給与になるというのが一般的です。日本企業には安過ぎるのではと指摘する一方で、学生には給与が安過ぎるのであれば海外に行くことを勧めています。ある種のマーケット機能が働かないから雇用環境が悪くなっているわけであり、もちろん、それは自分たちの首を絞めることになっています。

大学の立場としても、優秀な学生に「こんな安い給料では大学に残れません」と言われないように様々な策を考えていく必要があります。

 

固定概念を払拭し、イノベーションにつなぐ基礎研究と応用研究とは?

“基礎と応用をどう結び付けるかは、固定して考えない”

基礎研究と応用研究が直接つながるものもあれば、そうでないものもあります。重ねて、アッという間にできてしまうものもあれば、時間がかかるものもある。例えばリチウムイオン電池に関して言えば、皆さんに使ってもらって、安全性も含めた納得を得るまでのフェーズというのは、非常に長い道のりだったはずです。ですから私は、基礎と応用をどう結び付けるかは、固定して考えないほうがいいと思っています。

 

オープンラボ。コミュニティ機能を好循環させ、多様性を活かす方法とは?

“「高い目標」と「言語」をしっかり共有していく”

大きなプロジェクトになると、高い目標を共有することが必要です。国のお金をいただくのであれば、広い意味で国の富に貢献する。「小異を捨てて大同に就く」といった局面も多々ありますが、「目指す方向が同じであれば必ず理解し合える」という思いを皆が持つことが大切です。

それと、違う分野の人たちと一緒に研究をする場では、往々にして言葉が通じないものです。大勢が参加する集積回路のようなプロジェクトでは、材料、素子、回路、集積回路の全体設計、さらにテスティングを取り巻く製造装置について、あるいは環境、使った、または使わなかった材料の循環についてなど、様々なことに対応していく必要があります。そうしてエコシステムを形成していくわけですが、その過程で言葉が通じないのです。同じことを言っているつもりでも違っていたり、そもそも何を言っているのかわからなかったり。

使っている言葉や、役割的に目指しているものはレイヤーごとに違うので、ある程度「一緒に過ごす」ことが必要です。その中で互いにすり合わせる、理解することが大きなプロジェクトでは特に重要です。

 

TIAの存在意義と活用方法とは?

“日本全体で共用施設を使い倒す”

TIAの共用設備や利活用の仕組みは日本全体、産学官で使い倒すべきだと思っています。これは、私自身がFIRST (最先端研究開発支援プログラム)や様々なプロジェクトに取り組んできた中で、TIAの設備を利用することにより、大学の設備では叶わなかったであろう成果を上げることが出来た経験からお話しています。TIAの設備はもっと広く利用されるべきですし、それに役立てるのであればと、東北大学も2020年からTIAの一員に参画させていただきました。

半導体の研究開発が止められたらSociety5.0は絶対に達成出来ません。そういう意味で、TIAが持つ大型かつ共用の装置群は、日本全体にとって半導体の研究開発を支える重要な仕組みとして存在しています。これからもTIAの設備を利用することにより、研究開発の知見を深め、世界に発信していくべきだと思っています。TIAでなければ出来ないことが現状出来ていますし、TIAの果たすべき役割は非常に大きい。ただし、日進月歩の世界なので、常に最先端の装置がメンテナンスやアップデートをされていることが重要です。そのために、予算措置も適切に長期にわたって講じられるべきでしょう。

“トップランナーが堂々とトップを走れる場に”

やはりトップランナーがちゃんとトップを走れるような場であって初めてTIAの存在価値が出てくると思います。ここが大きなポイントです。

ステークホルダーの皆の意見を聞こうとすると、結局、色を全部混ぜたグレーにしかならない。そうであってはいけません。赤く塗るところはきちんと赤に、緑の領域は緑に、青は青く塗るといったように、はっきりさせて、そこからトップランナーが育つような環境を整えて欲しいと思います。この点については、私も積極的に提言していきたいと思っています。

 

新価値創造、技術革新を促す産学連携のかたちとは?

“連携から、「産」と「学」がコミットし合う深化の時代へ”

産学連携というのは、もっと深いレベルで進めるべきだと思っています。古いというと怒る方もいると思いますが、旧来の大学では「大学は職業訓練校ではない、原理原則を学ぶことで社会に役立つことができる」という考え方があります。もちろん基礎研究や基礎学力、学術は重要ですが、その論を別にして、今は、少なくとも大学院レベルにおいては、いかにして価値創造に参加し、大学ならではの価値創造を社会と共に見出していくかが問われています。

そういう意味では「産」と「学」は、連携というよりは、もっと深く、お互いにコミットしたかたちで価値創造に向かっていけたらと思っています。価値創造の方向性については、何か価値が出るなら、どこを向いていてもいいという話ではなく、ダボス会議でも言われていますが、我々が今直面している格差や分断のような問題が小さくなる方向に向けて、手を携えていかなければいけません。それがステークホルダー資本主義につながるし、ひいてはSDGsの実現にもなると考えています。